夕涼み

 

 ここは深川、扇橋のたもと。人々は涼を求めて日暮れ頃から、川端にく りだしてくる。「おい、ねいさん、麦湯をもういっぺいくんな」と、仕事 帰りの左官。茶店「浮舟」の看板娘は、近所のあくたれ小僧どもの、“ね ずみ花火”の失敗に大笑い。川風に揺れる柳のそばでは、心太売りが商い を始めた。お得意さんまわりの按摩さんもここで一休み。「富市さん、う まいかい」と、顔見知りの〈伊勢屋〉の放蕩息子が声を掛けている。「醤 油にしますか、それとも砂糖で」と親父。

 縁台に腰掛けた酔っぱらいが「お〜い、枝豆売りのおっかあよう」と、 ろれつのあやしげな口調で大声をかける。その前を独特の大提灯をぶら下 げた辻占売り、篠竹に“うちわ”をはさんでかつぐ、うちわ売りの少年も まわっている。うれしそうに虫籠の虫の音に耳を傾ける兄弟もいる。草市 にでも行ったのか松葉蘭を手にする母と、オモチャのぶら提灯を買っても らった娘が、楽しそうに家路につく。ここは深川。横川の川風に、新内流 しの三味の音が、せつなく流れてゆく。