夏の宵

 江戸に夏を告げるのは、墨田川の川開きである。墨田川でも特に大川端 あたりの賑わいは、浮世絵にも好んで描かれている。5月28日から8月28 日の川開きの期間は、両国橋近辺で花火が打ち上げられ、ひしめき合う納 涼船からも、「玉屋〜、鍵屋〜」の声がかかる。なにしろ川を埋め尽くす 船を伝って、向こう岸まで渡れたほどの混雑振りだったという。

 作品はそんな夏の宵のワンシーン。中央で植木鉢を持つ母親は、夏らし い白地に朝顔と猪口を描いた単衣に蓮華文様の帯。オモチャの豆提灯を得 意気に揺らしてみせる子どもは、将棋の駒の浴衣を着ている。赤い梅の丸 の着物に、三尺帯をしめた赤ん坊が、豆提灯に手をのばしてつかまえよう としている。その子を背負っている娘は、水色に楓ちらしの単衣の振り袖 、七宝丁子入り石畳文様に蛮絵という凝った帯を結んでいる。左の丸髷の 女は、瓶覗(かめのぞき )色地に菊花ちらしの単衣、丸牡丹と黒の帯をひ とつ結びにしている。


*註 瓶覗(かめのぞき )・・・藍の薄い色。天然の藍を使った染では、藍の入った かめに白布を何度もひたしては乾かして、濃い藍色に染まるが、“かめのぞき”とは、 かめをほんの覗く程度の布をひたしたという意味で、すごくあわい藍色のこと。