水辺の花菖蒲
(みずべのはなしょうぶ)

   

端午の節句で使う菖蒲と、花菖蒲は別物。菖蒲湯に入れる葉の方は、サ
トイモ科で、香りは強いが花は地味。花菖蒲はアヤメ科で、改良によって
作り出されたものである。

 花菖蒲は江戸時代末期、自らを「菖翁」と称した旗本の松平定朝左金吾
が、父が収集した花菖蒲をもとに改良を重ね、約200種までに広げた。
一方、堀切の農家、伊左衛門が、相州から持ち帰ったものや、菖翁から譲
り受けたものを研究栽培し、公開した場所が、一部現存する〈堀切菖蒲園〉
だ。江戸時代最後に誕生した花の名所で、広大な花菖蒲園には、八ツ橋の
如くに板橋が架けられ、趣のある風景は広重や豊国にも描かれる。

 花菖蒲には、江戸系、肥後系、伊勢系の三系統がある。江戸系は堀切で
改良されたもので、葉丈より花の位置がグンと高いので、菖蒲田に群生さ
せて鑑賞する。肥後系は鉢植えにし室内で鑑賞するため、小ぶりに作られ
た。伊勢系は江戸末期に松坂の武家、吉井定五郎が改良したという。

 作品は初夏の水辺に咲く花菖蒲を眺める女二人。日除けのために菅笠を
かぶった女は、曙色の井桁絣の単衣に前帯姿で、いかにも既婚者の装い。
しゃがんで手を伸ばしている若い女は、黒地に白い霞文様の薄物の振り袖
なので、二人は母娘と思われる。花菖蒲の向こうには、五月雨萩が初夏の
風に揺れている。