旧暦五月になると江戸は一気に初夏。腹掛け姿の幼な子が「カニさん、 さわるぅ〜」とねだっている、のどかな午後のひとときだ。  母親が着ているのは、ひょうたん文様の単衣で、蓮華文様の地に、七宝 や分銅、巻物などの宝尽くし入り破れ市松文様の帯を、ゆったりとひとつ 結びにしていかにも、暑い盛りの家内でのくつろいだ感じが出ている。  文化・文政期(一八〇四〜二九年)頃から、ひょうたんやコウモリ文様 が流行したが、これは市川団十郎に由来する文様。団十郎の成田屋の替え 紋のひとつに〔福牡丹〕があるが、「福」の文字が「蝠」に通ずるものと して、団十郎の好むところとなった。  当時の歌舞伎役者は今でいう“ファッション・リーダー”の一役を担っ た。江戸っ子は歌舞伎役者の着るものにも、敏感に反応しどんどん取り入 れる。それらのなかには、今も連綿と受け継がれ使われているものも多い 。
*注 ◇蓮華文様・・・蓮の花をデフォルメしたもので、仏教的な文様。
カニさん