神田明神祭
(かんだみょうじんさい


   

神田明神祭が山王社祭と共に、「天下祭」あるいは「御用祭」と呼ばれるのは、両祭共に千代田城まで繰り出し、将軍家が上覧するためである。神田明神祭は、丑、卯、巳、未、酉、亥年の9月15日を本祭とし、山王祭と交互に行われる。江戸一番の大祭礼で、山車、ねり物が各町から43番も出る。大名家も供奉(ぐぶ)、長柄(ながえ )、あるいは引き馬を出して、警護の役を受け持った。

 作品は「拍子木打ち」と「金棒引き」の祭礼の姿で、この役は一番二番の行列の先頭を切って、露払いとなる重要なポジションだ。この役には、各町内の際立って美しい娘が選ばれ、凝った衣装をまとう。

 

右の拍子木打ちの娘は、色とりどりの格子柄の着物を片袖脱ぎにして、緋色の地に下がり藤の襦袢、鳶色の地に描かれた露芝に蝶のあでやかな中着を見せている。

金棒引きの娘は、石畳紋に七宝と、椿、菊、牡丹の花紋を配した「遠州七宝」文様の裁着袴(たっつけばかま )をはき、黒地に豪壮な昇り龍の表着をはおっている。

 ふたりとも男髷の異形は、祭礼ならではのもの。一世一代の晴れ姿である。