洋の東西を問わずモーニング・グローリー(朝顔)は、あちらこちらで
見かけられるが、朝顔を立派な鑑賞植物として栽培・改良したのは、どう
やら日本だけらしい。しかし日本原産ではなく、奈良時代の遣唐使が、薬
として中国から持ち帰ったのが始まりといわれる。原産地はヒマラヤ山麓
のネパール。花を牽牛、種を牽牛子といい、種は下剤として貴重な薬だっ
たので、牛を牽いてきて支払いに当てたところから、牽牛子の語が生まれ
たという説がある。
江戸時代には爆発的にブームとなり、花も葉も改良種がおびただしいほ
ど作りだされた。特に文化・文政期(一八〇四〜二九年)と幕末には、奇
葉珍花の変化朝顔などで熱狂的になったほど。江戸で催される花合せに出
品するために、大坂から駕籠に鉢をつませ東海道を下ったとか、鍋島の殿
様は、花合せで優勝した朝顔の鉢を、七両二分(約六〇万円)で買ったと
か。
朝顔の仕立て方には、あんどん作り、盆養切り込み作り、数咲き作りな
ど色々あるが、この作品では、棚を組んで平面的に咲かせる棚作りを、背
景に置いた。娘の衣装は、いかにも浮世絵師・英泉好みの、桜手綱文様の
単衣で、袖かがりをしてある。帯はだらりに結んだ毘沙門亀甲花紋文様。
手に江戸時代の歯ブラシである房楊枝と、鉢を持って、朝顔の花の数をか
ぞえながらの歯みがきである。
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