あかんべェ

  五月半ばも過ぎると、江戸もはや蒸し暑い夏に突入する。町内では通り に縁台を持ち出し、蚊やりをいぶして、さっそく涼をとる。屋内では、戸 障子を開け放ち簾を下げ、縁側に面した猫額ほどの庭に瓢箪や瓜を棚にし て、日差し遮り目にも涼しい効果を狙う。

 そんな夏の風景を、歌麿の「鏡見る母と子」をもとに作ったのがこの作 品。母が鏡に映るわが子に「あかんべェ」をしてみせると、鏡に映った母 に、こぶしをあげて「いじわる〜」と怒っている。そんなほほえましい夏 のひととき。母は暑いので、水がき色の菊花文様の単衣の胸もはだけ、子 どもは三枡繋ぎの腹掛け姿。

 そのかたわらには、灰を取り出して水をはった金属製の火鉢に、水草が 青々と涼しげに揺れる。蒲や葦、沢瀉、藺、木賊、あやめ、杜若などなど 水生の植物を、根元を水苔で固めるなどして、水盤などで育てる。この水 盤栽培が浮世絵にも多くみられ、江戸時代中期すぎから、夏の室内装飾の ひとつでもあったことがうかがえる。大きい器なら金魚も飼え、子どもの 水遊びの対象ともなったことは、想像にかたくない。

*註◇三枡繋ぎ・・・成田屋・市川団十郎の家紋の三枡(枡を三つ入れ子 にしたのを、真上から見た形)紋を連続させたもの。